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ルッコラおいしい

最近あまり菜園のことを書いていませんでしたね。
今現在育てているのは、ルッコラ、ラディッシュ(はつか大根)、なす、バジルの4種です。

いちばん良いのはルッコラで、週に1~2回収穫して、サラダにして食べています。本当にゴマの風味がして、食べ終わった後には少し苦味が残って、とても美味しいです!
我が家としては大ヒットで、妻も満足した模様。
ルッコラの写真です。
IMGP2394.jpg
結構簡単に(というか種を植えて水をあげるだけ)育てられたので、皆さんもプランタで作ってみては?!

他は、ラディッシュはどうもうまく出来なさそう。
根の太る部分が、丸くなる前に割れてしまっているもの多数です。
IMGP2393.jpg

ナスは、実は結構たくさん成しているんだけど、やはり皮が固いのと、水分不足でシナシナにしてしまったこともあり、そろそろお終いかと思っています。
IMGP2391.jpg

バジルは、ホントいくらでも葉が出てくるって感じです。あまり使い道がわからないんだけど・・・すごい生命力です。
IMGP2392.jpg

ということで、そろそろ秋まき野菜は何を植えようかなぁ・・・と思案している今日この頃。
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悪童日記

悪童日記 アゴタ・クリストフ著;ハヤカワepi文庫
悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

9月27日読了。

前々から読みたいなと思っていた、アゴタ・クリストフの3部作の1作目です。この「悪童日記」と、「ふたりの証拠」「第三の嘘」と続くのですが、ブックオフでこの3冊買って、550円だった!
超お得です。こういう掘り出し物見つけると、それだけで幸せな気持ちになりますね。

この悪童日記、いろいろな読書人のブログとか見ていると、たいてい評価高いです。もともとは僕が学生だったころ、一度ブームというほどではないけどそれなりに話題になって、その頃から読みたいなと思っていました。ということで、期待を持って読みました。

物語の内容は、ふたごの兄弟が、戦時下の国(ハンガリーのようです)で、戦争や貧困や悪意や狂気が渦巻く中で、たくましくしたたかに生き抜いていくという話です。
というと、感動的な成長物語を連想させますが、全然ちがう。
この双子の兄弟は、悪意には悪意で、暴力には暴力で、自分たちの頭脳を駆使しながら、ともかく悪魔的な生きぬきかたです。
その様子が淡々と書かれていて、さっさと読み進められるんだけど、ふと気がつくと背筋がぞくっとしてしまいました。

戦時下っていう状況は、こんなにも子どもの心に歪みを持たせるものなんだろうか。

この双子は、ある意味狂気だし、とても歪んでいるし、その行為は(生きるためとは言え)共感には程遠いです。
それにもかかわらず、あまり嫌悪感を催さないのは、彼らが(子どもなのに)自分たちの美学とポリシーを持っているからなのでしょう。
不気味な奴らなのですが、現実から目をそらさずに、むしろ現実に添いながら自己を保っているところが、すごいと思う。
そういう双子を書くことによって、アゴタ・クリストフは何を訴えようとしたんだろう。単純な戦争批判ではないんでしょうね。う~ん、深い。

好き嫌い別れる小説かと思いますが、何らかの衝撃は読んだ人誰もが感じるでしょうから、読んで損はありません。
少なくとも僕は今まで、こういうトーンで訴えてくる小説は読んだことがなかったような気がします。

ということで、3部作は全部読もうと思いました。

水滸伝 12 炳乎の章

水滸伝 12 炳乎の章 北方謙三著;集英社文庫
水滸伝 12 (12) (集英社文庫 き 3-55)

9月24日読了。

今月も水滸伝の時期がやってきました。
今年は水滸伝の新刊とともに1ヶ月が過ぎたことを自覚し、季節が巡ることを思い知る。そんな感じです。
ということで、気付いたら9月も20日になったので、読んでいたアゴタ・クリストフ「悪童日記」は迷わず中断して、とるものもとりあえず水滸伝12巻を読みました。

本巻は、なんと言っても盧俊義と燕青である。
梁山泊の生命線である、闇塩の道を守るための、ふたりの苛烈な戦い。敵と、戦でぶつかることだけが戦いだけではないのです。
盧俊義も燕青も、最後は自分との闘い、自分の信ずるもののための闘いで、そこで人間業ではなしえないようなことをやり遂げる。死域に入ってなお、その魂は衰えません。

いやぁ、もう12巻まで来ましたが、ここまで来ると本当に、もう「感想」として語るべき言葉が浮かびません。
自分は男たちの死に様にただ涙し、刻々と移り変わる戦況にはただ手に汗を握り、燕青の死域に踏み込んでの魂の闘いに、ただ瞠目する。
ほんとうに、水滸伝の世界に浸入していることの楽しさを、味わい尽くすのみです。

大刀関勝も、カッコイイ男です。とうとう自分の道を定めました。梁山泊も、だんだんと追い詰められ始めていることは確かなんだろうけど、このまま潰されるはずはない!
いったいどうなるんだろう。次は10月です。

忘却の河

忘却の河 福永武彦著;新潮文庫
忘却の河 改版 (新潮文庫 ふ 4-2)

9月18日読了。

何とも、読み応えのある本でした。紛れもなく、名作だと思います!
これは最近文庫で復刊したようで、書店で「復刊!人生で2度読む本」などという帯の謳い文句に惹かれて買いました。
初版は昭和44年ということなのですが、全然古くない!
そりゃ時代的にはその頃が舞台なので、古めかしいところもありますが、主題が実に普遍的なテーマなので、慣れるとすんなりなじめます。
そして、その重々しさには肩こりがするくらいのめりこみ、人の思念をこれでもかというくらい深く深く描いていく文章は、痛々しさを感じるくらいです。

内容は、ある一家の(父と母とふたりの娘)、それぞれが抱える過去や、誰にも言えない疑念や、生きることへの不安や焦燥、そして底の知れないような孤独を、それぞれの視線から、独白形式で書き連ねられていきます。
みんな、重すぎる過去に囚われていたり、消すことのできない後悔にさいなまれていたり、自我を崩壊させかねないような恐ろしい疑念を抱えたりして、苦悩しています。まさに、魂の苦悩です。

すごいのは、この本の作者は、このような魂の苦悩に、なんというか真正面から取り組んでいます。安易に逃げることなく、深く丁寧に登場人物それぞれの想念を書き切って、それぞれの登場人物の魂を救済している。
なんだか本当に、圧倒されました。久しぶりに、文学的な小説を読んだ気がします。

まほろばの国で

まほろばの国で さだまさし著;幻冬舎文庫
まほろばの国で (幻冬舎文庫 さ 8-5)

9月9日読了。

なかなか重量感のある小説を続けて読んだので、少し軽く読める本にしました。さだまさしのエッセイというか随筆というか。新聞のコラムに長く連載していたものをまとめた本のようです。

前にも書きましたがさだまさしが好きで好きで。
まず何より歌詞が好き。歌詞に込められている願いや祈りがいい。なので、さだが書く小説も、コラムも、文章の種類が違うだけで、同じ世界に属しているように感じられます。
もちろん、コラムですから、さだまさしの笑いや感動や怒りや憤りや悲しみが主題であり、それがストレートに出てくるところが、歌詞とは違います。その分、共感できるところもあれば、全く共感できない内容も、あることはありました。
でも、まぁ、「そんなの関係ねぇ」です。
さだまさしの歌に、小説に、そしてこのコラムに、またトークに、形は違えど流れている主題はシンプルであり、それに僕は共感する。
『日本人であること、もっと言えば自分が自分であることに誇りを持とう。そしてこの国と自分と周りの人が平和で幸せであるように、そのために自分が何をすればよいのか、それを考え続けよう。』
・・・他の人は、もっと違うメッセージを受け取っているかもしれないので、コレはあくまで僕が感じるところの、さだまさしから伝わってくることです。

ということで、この本についてですが。
普通のとき読んだら、何となく鼻につく部分もあるかと思います。
でも、自分が、安っぽい自意識や、つまらない保身や、独りよがりの志なんかで、くだらない人間になっているなぁと感じるときに、(または、そういう風に感じることがある人は)自分の心の芯の揺らぎを矯正する必要があるときに、よい薬になる本だと思いました。

相剋の森

相剋の森 熊谷達也著;集英社文庫
相剋の森 (集英社文庫)

9月8日読了。

「邂逅の森」に続いて、熊谷達也は2冊目です。
前に呼んだ「邂逅の森」は、本当に素晴らしかった。あの濃密さ、息が詰まるような感覚は、今でも残っています。
「相剋の森」は、その「邂逅の森」より先に出版された作品のようです。

やっぱり面白いです!
「邂逅」のようにマタギが熊と対峙するときの本当に息詰まるような迫力という観点では、本作は少し物足りないかな。
それよりも、現代における熊猟のあり方、もっと言えば人間と野生動物の共生について、人間と自然の関係について。
そういう、深いことを考えさせる作品です。

結局、動物は他の種の動物を殺すのが、ある意味本能なのかも知れないですね。豚は食べるから殺してもいいけど熊は食べないから殺してはいけない、というのはおかしいと思うし。食べる食べないは文化にすぎないので。
それにしても、考えるほどに難しいです。
ひとつ言えるのは、生半可な覚悟では、熊を保護する側にも、熊を狩猟する側にも、回ることはできないし、すべきではないのだと思いました。

ところで、本作では、「邂逅の森」の登場人物たちとのつながり(ルーツ)が示され、おぉと思いました。
そういう意味で、出版順とは違うけど、「邂逅」を先に読むのが僕はいいと思います。

半島を出よ

半島を出よ 上/下 村上龍著;幻冬舎文庫
半島を出よ 上 (1) (幻冬舎文庫 む 1-25) 半島を出よ 下 (3) (幻冬舎文庫 む 1-26)

9月1日読了。

気付くともう9月に入っており、8月の読書量が少なめであるということがわかりました。
夏休みで里帰りしていたのもあるけど、やはり暑さが原因かと。暑いと身体が疲れるのか、やけに眠くて、子どもを寝かしつけるときに一緒に寝てしまったりして、夜にあまり読書をできませんでした。
9月はたくさん読めたら良いですが・・・

ということで、8月の文庫新刊から、「半島を出よ」読み終わりました。
これはもう、面白いか面白くないかという観点で言えば、まさに抜群に面白いです。
リアリティのあるプロットで、とんでもない想像力を駆使して、非常にスケールが大きく、ある意味荒唐無稽な内容の物語を、破綻することなく、現実味を持たせたまま書き切っています。
近未来小説なのですが、その近未来の社会・経済の細部、およびそこに至るまでの経緯がとてもよく書き込まれているので、そういう未来は十分にあり得る、と思わせられます。
そういう、「あり得る近未来社会」を舞台にして、北朝鮮の特殊部隊による福岡占拠と、それに対する戦いなのですから。そんなことは起こらないと高を括っていますが、それにしても起こってもおかしくないのかもという気分にさせられます。
そして、日本政府が役立たずで右往左往している中、立ち向かったのは・・・という筋。
とにかく、ハラハラドキドキするし、面白いです。
人物がいっぱい出てくるので、例えば高麗遠征軍の面々の名前が覚えられなくても、気にせず読み進めてください!
ひとつ言いたいのは、さすがに日本政府は、この本に書かれているほど愚かな役立たずの烏合の衆ではないだろう~、と思います。ちょっとバカにしすぎだよなぁ。

で、面白いんだけど、、、
僕は村上龍を好きになれないなぁと再認識。
なぜかという具体的な理由は難しいんですが、高校時代に「限りなく透明に近いブルー」を初めとしていくつか初期の著作を読んでいるのですが、そのときから好きになれなかったです。
うまく言えないけど、村上龍らしさというのが随所にちりばめられているのですが、それが僕にはマッチしないのかも。

ま、この本はとても楽しませてもらったので、作家を好き嫌いというのと、著作が面白い面白くないというのは別だということですね。

復活&新たな種

ミイラになった我がベランダ菜園のその後です。

まず、キュウリとトマトは復活叶わず、そのままサヨナラでした。
ところがナスは、完全に枯れているかのように見えていましたが、水をあげていると少しだけ若葉が出てきて、さらに水や肥料をあげていると、なんと復活して、また花を咲かせ始めました!
20070902214721.jpg

素晴らしい生命力ですね。
もしかしたらまた実ができるかも。。。
あきらめていた、自家製の秋茄子で焼きナスをするというプランに、希望が持ててきました。楽しみ。

さて、そのほかに、空いてしまったプランタを利用して、ルッコラとラディッシュの種をまきました。
なぜルッコラとラディッシュかというと、この暑い時期に種を撒いても育つようなのは少ないので、おのずから決まってきます。
ルッコラの種は、会社のファーマー仲間から分けてもらいました。

先週の日曜に種を撒いたのですが、わずか2~3日で発芽し(早い!)、もう本葉も出ようかという勢いです。
20070902215331.jpg  20070902215535.jpg

左;ルッコラ 、右;ラディッシュ です。
どちらも、それなりに早く収穫できるものなので、楽しみです!
プロフィール

keiboor

Author:keiboor
茨城県つくば市在住の35歳・男
妻と5歳の娘、0歳の息子との4人暮らし
職業;エンジニア

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